小1で母の自殺を目撃したわたしが、立ち直ったレジリエンス

ある日突然

母はわたしの前から姿を消した。

 

そう、冷たくなった母の身体を、

ただずっと揺すっていた。

 

どうも、るみおです。

 

決して明るい話題でもありませんが、

暗い話でもありません。

 

小1の就業式の日突然に

 

それは小学一年の3月25日、

終業式の日です。

 

わたしは終業式だったので、

いつもより早く学校が終わり、

これから春休みなので、

テンション高めで帰宅していました。

 

しかし家に着くと、

いつも玄関の鍵は開けっ放しなのに、

その日は鍵がかかっていました。

 

わたしの家は古い一軒家です、

窓を順番に鍵が開いてるとこがないか確認していくと、

裏庭の窓の鍵が開いていました。

 

窓を開けおそるおそる家に入り、

「お母さん」と呼びながら進んだのを覚えています。

 

窓を開け部屋に入ると、

奥に2階に上がる階段があるのですが、

そこに母の姿が見えました。

 

わたしは【安心】して、

母のもとにかけ寄っていきました。

 

ですがそこにもう【母の元気な姿】はありませんでした。

 

階段の手すりにロープをかけ、

首を吊っていたのです。

 

今でも「鮮明」に覚えています。

 

そしてだだひたすら冷たくなった

母の身体を揺すっているのを覚えています。

 

学校まで猛ダッシュ

 

正直その瞬間の感情までは覚えていません、

いや、無意識に消しているのかもしれまんが、

学校まで猛ダッシュでした事は覚えています。

 

何でとなり近所じゃなく学校やねん…

 

その道中すれ違う友達に、

お母さんが…お母さんが…

と叫びながら走ったのは覚えているので、

 

死んでいるとまでは理解していないが、

何か大変な事が起きているというのは自覚があったのだと思います。

 

半端ない人見知り

 

わたしの基本的な人格は、

この出来事によって形成されたのかもしれません。

 

母は昔から精神的に弱い人だったらしく、

僕を産んでから入退院を繰り返していたそうです。

 

【産後うつ】というやつでしょうか。

 

なので産まれてから3才まで、

施設で育っています。

 

正直母親との思い出ってほとんどないんですよね。

 

幼稚園も、

片道20分はかかる道のりを、

1人で歩いていたのを覚えています。

 

振り返れば振り返るほど、

おかしな環境だったんだなと思ってます。

 

こうした過去もあるためか、

わたしは 極度のあがり症と人見知りでした。

 

とくにいじめられているわけでもないけど、

人の輪には自分から入れませんでした。

 

いじめられた時もありましたけどw

 

自分は何も悪くない

 

わたしはこの頃から大人になってもしばらく、

「自分は何も悪くない」と思いながら生きてきました。

  • 人とうまく喋れないのも
  • 自分がだらしないのも
  • 誰かに怒られるのも

ぜーんぶ過去の出来事があるからだと。

 

なんならこの出来事を同情しろよって位の気持ちで生きてきたのかもしれません。

 

その結果、

結婚した妻と子供にも見捨てられ、

残ったものは何もありません。

 

ほんとに大きな間違いだったと思います。

 

人生の転換期

 

そしてアラフォーを迎えたわたしは遂に転換期を迎えます。

 

いや、遅すぎやろ…

 

もともと人とは違う生き方をしてきたんですが、

悪い意味で人と違ってました。

 

だから全てを失ったんですよね。

 

アラフォーになって初めて独りの時間ができ、

必然的に自分と向き合う時間ができました。

 

これがよかった。本当に。

 

アドラー心理学を推奨してるわけじゃないんですが、

環境とか変えられないものに目を向けてもほんとに何にもならないんですよね。

 

気づけた私は運がよかった。本当に。

 

という前向きなお話でした。